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2021年6月24日木曜日

LGBTQ Pride 月間 Part4 LGBTQ+社会活動家 松中権さんの話 

 


昨日、LGBTQ+社会活動家 松中権さんの話を拝聴させていただいた。
45分と短い時間だったが、勉強にもなったし面白かった。機会があれば、今度はじっくりと聞いてみたいと思う。



2018年電通で行われた調査によると、LGBTQ の割合は全国で8.9%だそうだ。

左利きの人がで0%。そして全国の佐藤さん、鈴木さん、高橋さんを足した割合が5%。というから結構驚きの数字だった。

佐藤さん、鈴木さん、高橋さん、必ずまわりにいます。左ききの人、知ってます。もっと言えば左ききの佐藤さん、前の会社の同僚でした。

そう考えると、私の周りにも結構いるということだ。ただ、カミングアウトしてないだけで。

実は私の知人にも、あ そうかな?と思う方がいる。彼は女の子の話より、男の子の話が好きで、服の趣味とかの話も好きだ。俗に言う、おねえ系っぽい感じがする。

でも、聞いたことはないから、本当にそうかどうかは分からない。彼は繊細だ。傷つくとすぐ顔に出るし、感情も豊かだ。

彼は私と話していてどうなのだろうと思った。カミングアウトした方が楽なのか、はたまたそうでないのか。

話は横道に逸れるが、このカミングアウトという言葉もLGBTQの団体から生まれてきた言葉とのことだった。ずっと隠れていたクローゼットの中から出てくる。というイメージ。まさに "Coming Out "だ.

と、まるで知人がそうであるかのようになってしまったが、もう一度言う。聞いたことがないから分からないというのが正解だ。

またまた、逸れるが、LGBTQにはAlly(アライ=同盟)という差別や不平等の解消等を共に働きかける仲間のような存在があるらしい。LGBTQフレンドリー(それに差別や偏見を持たない人のこと)という言葉は知っていたが、アライという言葉は初めて聞いた。

フレンドリーよりもっと深く理解し、行動を起こすそれがアライということらしい。

質問でも、そうやったらそれを表明できたり、入ったりできるのか?という質問が多くあっの答えは、”にじ色”の何かを身に着けることだった。6色のレインボーカラーはPrideのシンボルマークだが、それを身に着けることで、LGBTQフレンドリーであったり、アライであったりの表明であるらしい。

お互いに、コロナワクチンを接種して、落ち着いたらまた飲みに行こうと彼と話をしてる。

さりげなく#虹色の小さなバッチでも帽子につけて行こうと思う。

なんの反応も示さなければ、おそらく私の思い違いだろう。


もう少し知りたい方はこちら
代表:松中権さん NPO法人:グッドエイジングエールズ http://goodagingyells.net/about/


本日の夕食:トマトとチキンカレー


我が家のカレーはなぜかごはんではなく、キャベツの千切り

ごはんよりも食べすぎないので、身体も胃も次の日楽なのだ。







2021年6月21日月曜日

LGBRQ Pride 月間 Part3 Diversity Equity & Inclusion その難しさ 

六月はPride月間である。最近LGBTQのことについて考える機会が多く与えられている。知らないことを知るのは、良いことで、そのチャンスが多いのはありがたいことだと思っている。

今までLGBTはなんとなく知ってはいたが、Qとは何ぞや?と思い調べてみた。

詳しく書いてある”自分らしく生きる”というサイトがコラムがあったので紹介しておこうと思う。

以下、そのサイトからの引用。

LGBTQの「Q」にあたるセクシュアリティが、「クエスチョニング(Questioning)」。このクエスチョニングは、「性自認と性的指向が決まっていないセクシュアリティ」となります。 

自分は男性なのか女性なのか決めかねている。また、それ以外の性なのか、男性と女性の中間なのか 

こういった性自認が決まっていない状態の方をいいます。 

また、どんな性別の方を好きになるのか…といった要素である性的指向についても、どんな性を好きになるべきか、むしろ好きにならないのか…など、定まっていない状態の方でもあります。 

また、「クエスチョニング」の特徴としては、迷っているという方ではなく、「意図的に決めていない」という方も入っているところに注意が必要になります。 

参考:https://jibun-rashiku.jp/column/column-3215 

世の中にはいろいろが方がいて、いろいろな悩みを抱ええているのだなと思う。

ちなみにLGBTを紹介しておくと下記となる。

L:レズビアン(Lesbian) 自身の自覚の性:女性 恋愛対象:女性

G:ゲイ(Gay)自身の自覚の性:男性 恋愛対象:男性

B:バイセクシャル(Bysexcal) 自身の自覚の性:自身の性 恋愛対象:両方の性

T:トランスジェンダー(Transgender) 自身の動物学的な性と心の性が異なる。


私自身は、母が英語の先生であったためか分からないが、幼い頃からいろいろな国の方と知り合う機会に恵まれた。遠い昔ではあるが多感なティーンの頃、外国で過ごしたこともある。なので、そういった多様性を受け入れることは私にとっては幸運なことに自然なことだ。

幼い頃、友人の誕生日パーティーに誘われて、お家へおじゃました時、その家のおじい様から「ごめん。俺は日本人はきらいだ。」(Sorry. I don’t like Jap) と言われ帰ってしまわれたことがある。

”Jap” 日本人に対するは強い侮辱語である。多感な私は非常に傷つき、日本人なだけでなぜ?と思ったが、今なら分かる。おじい様は友人を真珠湾で亡くされたのだ。(後で、友人が教えてくれた。ごめなさい(Sorry ではなく Apologize )の言葉を添えて)。

「出ていけ。」とは言わずご自身が立ち去られた。それだけでも彼の目いっぱいの優しさなのである。

彼にしてみれば、宣戦布告もせずに、平和だったハワイのオアフ島にあるアメリカの基地を襲い、友人を殺した今でも敵国の人間なのだ。
調べてみると真珠湾攻撃は、日本時間にして1942年(昭和16年)12月8日 ハワイ時間 12月7日の出来事だった。

ほんの80年前の出来事である。そして当時はほんの40年ほどまえの出来事であった。

バックグラウンドた少し違うだけで、自分と違うもの、違う考え方を受け入れるのは非常に困難なことなのだ。

私にとってはLGBTQを受け入れるのはそんなに難しいことではないと思う。例えば、長い友人が自分はLまたはGであると言い出しても以外とは思うが、そんなに驚きはしない。

(苦しかっただろうな。もっと早く言ってくれればよかったのに。)と思うと思う。

いろんな人がいるから世の中は楽しいと思う。みなつき自身はGenderlessでいたいと思う。なるべく自分の性に固執せずに、自由でいたいと思う。というか憧れがある。

まだまだ固執し呪縛から逃れられないからである。

そんな話をしていたら、ある友人がこんなことを言い出した。

「私、ダメなの。最近会社でも多様性とかLGBTQの話題が多くあがるの。でもダメなの。すごく悪いとは思うけど、反射的に "気持ち悪い”と思ってしまうの。生理的に受け付けないって言うか。そして、それにすごく罪悪感を覚えるの。」

私が「それだって「多様性」だよ。無理なものを頑張って受け入れる必要はないし、罪悪感を感じる必要もないと思う。」と言うと。

友人は「私もそう思いたい。でも、今の状況がそれを”カミングアウト”することを”許さない”のよ!」と寂しそうだった。

ダイバーシティ(多様性)イクイテイ(公平)インクルージョン(包括)
Diversity Equity & Inclusion 

斯くも難しいものなのだ。と考えさせらせる一幕である。


本日の夕食:西友のお惣菜のアジフライ&蟹クリームコロッケ(これが安くて美味なのだ)

電子レンジなくて、魚焼きのグリルとかトースターとかで焼き直すと衣がパリっとして美味しいですよ。お勧めです!

海鮮丼(これも西友の刺身のっけただけ)
キャベツ千切って塩&胡麻脂
トマトのサラダ(切って並べただけ)
デザート 本日は赤ワインでアメリカンチェリーをつけて香りを楽しんでみました。
白ワインとはまた違った風味で楽しい。






2021年6月17日木曜日

LGBTQ Pride 月間 Part2 DE&I (Diversity Equity &Inclusion)  

 金魚の絵がかきたい。というか絵がかけたらどんなにいいだろう。と思う。

私は文章を書くのはそんなに難しくはないが(上手いか下手かは別として)絵をかくのが非常に苦手だ。描こうとしてもどうしても変になる。平行感覚がない。奥行が分からない。描こうとするものが、目や頭になるものと全然違う。ので、児童図書館の絵は、うちの相方が描いたものだ。(でも、プロフィールの自画像は自分で描いてみた)。

なぜ冒頭でそう思ったかというと、わが社のDE&Iの活動の一環でPride月間を祝うために、社内で「Tiny Tales」 コンテストを開催している。テーマは「Love is Love」。物語、詩、ビデオ等のいずれも短いストーリーを募集してしているのだ。

これは出品しない手はない。優勝者には賞品がもらえる上に、人目に作品が触れるチャンスでもある。今更、有名な作家になりたいという野望はないが、どこかで一度だけでも絵本等を出版したいというゆめは一応持っている。150単語以内とすごく短いので、今回は詩を選んだ。

本当はこれを映像にしてビデオ部門にも応募したいのだ。頭の中ではすでに構想は出来上がっている。しっかりしたものが目の前に出来ているのに、それがどうしても絵になって出てこない。私の絵を描く部分の脳神経の伝達は右手には伝わらないらしい。

こういった、神経学的多様性のことを 最近ではNurodiversity(脳の多様性)というらしいが、元々は下記の考え方から来ているらしい

ニューロ・ダイバーシティneurodiversity)は、教育障害に対するアプローチであり、様々な神経疾患は普通のヒトゲノムの差異の結果として現れるのだ、ということを提唱する[1]。この神経学的(ニューロロジカル)と多様性(ダイバーシティ)の鞄語は、1990年代後半に、神経学的多様性は本質的に病的なものであるとする通説に対抗するものとして現れた。ニューロ・ダイバーシティは、神経学的差異は、ジェンダー民族性性的指向や障害と同様に、社会的カテゴリーとして認識され尊重されるべきであると主張する。神経多様性あるいは脳の多様性とも訳される。

  参考:ウィキペディア 

 

本、ブログにも出品した作品を記しておこうと思う。

どなたかの目に留まっていただければ嬉しい。

タイトル:A Goldfishはこちら

LGBTQ Pride 月間 Part1 大豆田とわ子と3人の元夫について 

 注意:免責)ネタバレあり 中のセリフに覚えている限り正確ではありません。感想文なので主観も入ってます

「大豆田とわ子と3人の元夫」(松たか子主演)が先日最終回を迎えた。久しぶりにいいドラマを見た。ドラマというよりは1本の恋愛コメディ映画を見た気分だ。

主人公の大豆田とわ子と3人の元夫たちは、自立した4人の大人だが、実は少しづつ助け合って生きている。最終回では「こんなのいつまでも続くわけない。」と言いながら、酔って眠ってしまったとわ子を優しく見つめ「今度みんなでキャンプ行こうよ。」と盛り上がる。



元夫たちの中に奇妙な友情は生まれ、それが大切なものになっていることも分かる。

また、夫たちが頗るいい男たちでうらやましくなる。

最初の旦那、田中八作(演:松田龍平)は誰にでも優しくて気遣いもあるモテ男だし

第2シーズン(とわ子の娘 ”生まれた時から反抗期” のキャッチコピーを持つ 唄がそう呼ぶ)

佐藤鹿太郎(演:角田晃広)器の小さい男と異名を持ちながらも、とわ子を真剣に愛する。おわらいの東京03に所属するだけあり、コミカルに器の小さい男を演じている。かっこいいのだこれが。

唄にしんしん呼ばれている3番目の夫は中村慎森(演:岡田将生)(あだ名かと思ったら本名であった。パンダみたい)。
年下のかわいい夫で、性格に難ありだが、それはかわいい焼きもちを焼く。(しんしんというパンダを思わせる名前にはそういう狙いもあったのか?)

とわ子をとりまく夫たちは最初が同級生、2番目が年上、3番目が年下という誰でもがあこがれる王道パターンをいっている。

でも、すべてハッピーエンドとはいかない(だから”元”)なのだ。

最初夫、八作にはもっと好きな人がおり、とわ子が敏感をそれを感じ取ったのが離婚の原因だ。「若かったからね。それがいやだったの。」その言葉がすべて物語っている。

八作はそれを認めたわけではない。浮気をしていたわけではない。その相手は恋愛をしない人だからだ。否定しているが自分の愛する人の心の中に別の人がいるかもしれない。
若ければ若いほど許せないものだと思う。

ドラマの中段でその相手がとわ子の親友の かごめ だと知った時を言葉ではなく、二人の微妙な空気感と表情での表現している。二人とも大人になっていなければできない反応だ。

2番目の夫の離婚理由ははっきりと書かれていないが、多分鹿太郎の母、姑さんが原因だ。

離婚を知らないご近所さんにお姑さんの噂を聞いた時、とわ子がしゃっくが止まらなくなる。姿はないが、「あんな女の子供なんていらない。」という声だけが入る。これは唄のことだ。

後に鹿太郎は言う「俺は彼女のひゃっくりを止めてあげることができなかったんだよね。」

この言葉からも想像するに鹿太郎はおそらくマザコンだ。とわ子と母の間に入って苦労した彼の姿が描かれずとも目に浮かぶ。

最後の夫はとわ子から逃げたした。今でこそ弁護士というりっぱな資格を持つ慎森だが、とわ子と結婚した当時はまだ弁護士を目指す学生でだった。働くとわ子の代わりに家事全般をこなし、唄の世話をする。その合間に勉強をする。そんな日々を過ごすプレッシャーに耐え切れなくなり、ある日突然、家を飛び出して帰らなくなった。

慎森はストーカーのようにとわ子にまとわりつく。その姿は子犬がじゃれつくようで愛おしい。とわ子にプロポーズした相手が「あくどい仕事に手を染めている」と知り、デートを阻止しようと、とわ子の家に乗り込み追いかけます。

「今やっていることは、世間でいう、別れた夫が起こす事件と同じことしてるんだよ。」と、逃げ回る、とわ子も子犬のようでかわいい。

俳優、岡田将生としての評価が変わった一瞬である。

「そんなに好きなら、なんで逃げ出したんだろ?」と言うと、相方は「それだけ好きだからだろう。」とだけ答えた。多分、うちのは私より大人だ。

これについては少しだけ、種明かしがあった。

「ぼくは今でも君が好きだよ。だけど、君は好きなのは僕じゃない。田中さんだよ。」と小麦粉まみれになって言う。目をこすっているのは泣いているからなのか、小麦粉が目に入ったからなのかは分からない。好きなシーンだ。私もそう思っていたからだ。

これはとわ子の最初の夫八作が若さゆえに許せなかった、というシーンとつながる。慎森も若さゆえに敏感に感じとり、それもプレッシャーになっていたのかもしれない。

また、この物語の中には、発達障害やLGBTQ等の話がさり気なく盛り込まれる。

とわ子の親友 綿来かごめ(演:市川実日子)は横断歩道を一人で渡れない。マイペースで雨の中でも買ったものをその場で食べながら歩く。何かに集中すると周りの声がほぼ耳に入らなくなり、熱中する。会社の上司にパンプスを投げつける、赤ちゃんを誘拐する等の自由人だ。

かごめにはかごめなりの訳がある。理不尽な会社の上司は同僚に対してセクハラや、パワハラを繰り返していたし、赤ちゃんには虐待の疑いがあった。そして買ったものはその場で食べるのが一番美味しい。

それを回りと調整せずに行動に出てしまう。そこにかごめの問題がある。

「けっきょく私には何にもないの。」

自由人でありながらも、それに生きにくさを感じているかごめ。

多分、今でいう発達障害だ。

そして、最後の回で明かされる、亡くなったとわ子の母の過去。母の心の恋人は”女性”であった。

「マーさん(と呼ばれている)とおばあちゃんは付き合っていたの?」と聞く唄に対して、マーさん(演:風吹ジュン)は「ああ、あなたたちの年代ではそういう事が普通に聞けるのね。すてきなことね。」と言う。

この言葉には、そうなってほしい。LGBTQを知って理解する人が増えてほしいいう、これからの願いが込められている気がする。

とわ子の初恋の人。デート中に「君は本当に魅力的だ。10人男がいたら9人好きになる。でも僕はその一人だけどね。恋人より同志って感じで。」と言い放つ。彼もまたしかりなのかと思わせる言い方だった。

最近脳内のセリフをナレーションや文字にして表現するドラマに比べ、役者の表情と動作でセリフの行間を読ませる、とにかく素晴らしいドラマであった。(私にはね。前者も好きではある)。

エンディング曲が最高なので、お時間のある方はこちらからYoutubeでご覧あれ。

https://www.youtube.com/watch?v=IRDoeQZ12-Y

♪あの日のあなたはとても輝いて見えた。夢はもうさめた。♪

誰しもが体験することでだと思う。


ちなみに6月はPride月間で、LGBTQを勉強してみようという月らしい。うちの会社でもDEI(Diversity Equity & Inclusion) が盛んである。私もその中のDisablitiy POD (Power of Difference)に属して、ゆるゆると活動してみたりしている。

 Diversity Equity & Inclusionに興味がある方は下記を参照してみてください。

英語ですが、日本語にもなるようです。

https://en.wikipedia.org/wiki/Equality,_Diversity_and_Inclusion


本日の夕食:えび団子&サーモンのハーブ焼き


キノコのソテー

暑いので今日は500ml缶

焼肉!!

 焼肉というのは何故いつもそう聞いただけで心が弾むのであろう? 人間は本来は肉食動物なのであろうか?と思うぐらい、今夜は焼肉だと思うと昼過ぎからソワソワワクワクしている自分がいる。 本日、お肉をハントしてきたのは我がパートナー殿である。 黒毛和牛のカルビ&オーストラリア牛の牛タン...